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1999年9月に台風17号が近づいていた雨の降りしきる中、初めてトイレ休憩した。早朝7時なのにもう店内が営業していて驚いた。さすがに物産コーナーはまだらしく外のテントは何もなかったが、店内にはこんなに並んでいいの?というくらいの日本酒が置いてあって、圧巻だった。
源平一の谷の戦で平忠度を討ち功名のあった岡部六弥太忠澄の在所である岡部町は、
埼玉県の北西部に位置し、江戸時代には中山道の街道筋にあたるところでもあり、
宿場の役割も担っていた。
利根川から与えられた肥沃な土により、首都圏への野菜の供給地で知られた農業の町で、ブロッコリー、大根等の生鮮野菜の産地として出荷量出荷額とも、全国でも上位にランクされています。
道の駅「おかべ」も広大な耕作地に囲まれた中に建っており、国土交通省と町が一体となったこの設備は関東地方では「おかべ」が初めてらしい。
久しぶりに立ち寄ったところ、朝7時からの営業は変わりなく、日本酒の並びもやはりそのまま。しかし、今回、目に付いたのは「地ビール」のラベル。以前は気が付かなかったナ、と思いつつ、ビール好きな私が見逃すはずはないと思い返すが、やはり覚えが無い。「欲しいな〜」と呟きながら、スゴスゴ帰る。
ここには奈良時代の武蔵国榛沢郡の郡(役所)跡で「中宿遺跡」が展示してあり、なかでも奈良、平安時代の頃からの食事内容が再現して飾られていたのは驚きだった。今の私よりも栄養のある物を食べていた?。
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