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祭神
「大己貴命・小彦名命・国常立命」
所在地
茨城県久慈郡金砂郷町大字上宮河内字蜂巣1915
由緒沿革
開基は、平安時代の大同元年(806年)、天台沙門宝珠上人が近江の国比叡山日吉権現を勧請したものである。
創建当時は比叡山にならって七堂伽藍中堂、千手観音、鐘楼、経堂を建立、十六羅漢を祭った。境内社領は一万石、衆徒三百坊をもって奉仕していた。
その後、幾多の曲折を経て、江戸時代寛文6年(1665年)、徳川幕府が「諸宗寺院法度」「諸社裲宜神主法度」を定め、寺院神社の法規を明らかにした時、水戸藩でも寺院寺社に対する強力な統制を執行し、西金砂山も定源寺を始めとして多数の古仏像を排除して、僧侶は本山に移された。 この時を以って、寺社を祭って僧侶が祭りを司っていた神仏混淆は終わりを告げ、元禄13年(1700年)神社に改め、西金砂神社となった。
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