西金砂神社 境内



[西金砂神社境内・御神木/サワラ]
[西金砂神社境内・御神木/イチョウ]
御神木<西金砂神社境内>

西金砂神社へと続く石段参道入り口に、県指定天然記念物のサワラとイチョウが参詣者を出迎えてくれる。どちらも樹高が高く樹姿も素晴らしい。

指定年月日:昭和44年3月20日
所在地  :久慈郡金砂郷町上宮河内1915
管理者  :中嶋又実

 

サワラ

  • 根本周  :12.0m
  • 幹周   : 6.5m
  • 樹高   :30.0m

イチョウ

  • 幹周   :  8.2m
  • 樹高   : 29.0m
  • 樹齢   :推定600年
  • 雌雄   :     ♂

[西金砂神社・お手水]

[西金砂神社・本殿脇石碑郡]

[西金砂神社・御輿殿]

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西金砂山(412m)
 72年毎に生命を引継ぐ大例祭が行われる金砂郷町という町に西金砂山があり、その頂きに西金砂神社がある。隣りの水府村には東金砂山があり、山頂近くには東金砂神社がある。両神社は兄弟である。
 西金砂神社の一の鳥居の脇にポケットパークという広い駐車場があるが、鳥居を車でくぐって上までのぼると、こちらにも広い駐車場がある。
 鳥居の脇にイチョウとサワラの巨樹が聳えている。すぐ脇の鳥居をくぐり、お手水を使い、杉の大木を縫って急な石段を上がれば、拝殿に向かう。拝殿を正面に見て、左に石段があり、石段からさらに参道を登ると岩上の本殿に着く。
 西に展望台があり、絶壁で遮るものはなく、遠くに筑波山が見え、日光連山も見える。

[西金砂神社・龍田神社]

[西金砂神社・神明社]

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 西金砂神社本殿は東照宮の様式である。左右に沢山の摂社末社が並ぶ。熊野神社、春日神社、八幡神社、諏訪神社等々であるが、一際大きく白山神社がある。
 金砂郷町に入ってからもここに来るまでの街道筋に沢山の地蔵や祠を見ることが出来、本殿までの参道脇などにも沢山の社殿を見ることが出来る。
 西金砂神社と東金砂神社、両神社の祭神は大己貴命と少彦名命で、同じような縁起を持つが、この両神社の大例祭(磯出大祭礼)は有名で、72年毎に行われる。
 この両神はアワビに乗って常陸の水木浜に漂着された故事により、72年に一度、山を下りて浜に出られ、海水でご神体を清め、五穀豊穣を祈願するというものである。

[西金砂神社・一の鳥居]

[西金砂神社・稲荷神社]

[西金砂神社・厳島神社]

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 東金砂山と西金砂山、この二つの山はひとつの山の双耳峰ではなく、山田川を隔てて相対する別の山である。説話では、西の神は女神で、東の男神に嫁いで夫婦になったと伝えられ、また近世はその宗教的な性格から、西を神の山、東を仏の山と表現されている。
 少祭礼は6年毎の丑、未年に行われる。丑、未年は危険な厄年だからである。その厄年を12回重ねた72年毎に大例祭を行うということのようである。

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 西金砂山には中世に佐竹氏の金砂城があり、常陸を支配していた佐竹氏が頼朝に反旗をひるがえしたので、頼朝は治承4年金砂城を攻めたが、絶壁に阻まれ苦戦した。しかし佐竹側に裏切りがあり、頼朝は内通者を得て裏道を案内させ、背後から攻めたので佐竹氏は破れ北茨城市の花園山に背走した。
 その後南北朝時代、南朝の新田楠木軍が足利尊氏方の佐竹義篤を攻めたが不落で、楠木正成は昔の頼朝の戦略を知っていて、謀反者がいないと落ちないと嘆いたという。




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