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祭神
「中殿・譽田別尊/北殿・足仲彦尊/南殿・息長足姫尊」
所在地
山梨県山梨市北654
由緒沿革
「大井俣神社本記」によると、当神社は貞勧元年に勅によって宇佐八幡宮が勧請され、笛吹川の中島である大井俣に祀られたので大井俣神社と称したのがはじまりといわれ、その後、社地を現在の窪の地に移し窪八幡と呼ばれるようになったと伝えられています。
本殿は、中殿に応神天皇、北殿に仲哀天皇、南殿に神功皇后が祀られています。昭和二十六年の解体修理で永正十六年の墨書が発見され、建立時期が明らかとなった。形式は十一間社流造・檜皮葺で、三間社流造の三社が間に一間をおき、それぞれ横に連結して十一間の形となる、わが国に現存する最大の流造本殿です。
弘治三年に武田信玄が信州出陣の際、配下に命じて金箔を再興させたといわれており、鳥居、神門に始まり、境内には文化財が多いです。
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