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沿革説明看板
諏訪大社下社春宮
弊拝殿・左右片拝殿
重要文化財
昭和五十八年十二月二十六日 指定
諏訪大社は建御名方富命と八坂刀売命を祀り、上社は建御名方富命(彦神)を、下社は八坂刀売命(女神)を主祭神としている。下社の祭神は、二月から七月まで春宮に鎮座し、八月一日の御船祭で秋宮に還座し、翌二月一日に春宮に帰座される。下社の中心となる建築は、正面中央にあり拝殿と門を兼ねたような形式の弊拝殿、その左右にある回廊形式の片拝殿、それらの背後にある、東西宝殿からなる。東西の宝殿は茅葺・切妻造・平入の簡素で古風な形式を持ち、申虎の七年ごとに新築する式年造替制度が取られている。右のような社殿形式は諏訪大社に特有の物であり、また、その弊拝殿と左右片拝殿に似た形式は、長野県内の諏訪神を祀るいくつかの神社でも用いられている。現在の春宮の弊拝殿は安永八年に完成したと考えられる。大工棟梁は、高島藩に使えた大工棟梁、伊藤儀左衛門の弟である柴宮(当時は村田姓)長左衛門矩重であった。弊拝殿は、間口の柱間が一間、奥行きが二間で、背後の壁面に扉口を設ける。二階は四方がふきはなちで、屋根は切妻造、平八の銅板葺(元は檜皮葺)で、正面は軒唐破風をつける。左右の片拝殿は染行の柱間が一間、桁行が五間で、屋根は、片流れの銅板葺である。弊拝殿の建築様式の特徴は各所につけられた建築彫刻の数の多さと、その躍動感にあふれた表現である。正面の腰羽目の波、虹染めの上の牡丹
唐獅子、唐破風内部の飛龍、一階内部の小壁の牡丹
唐獅子、扉脇の竹・鶏で名作が多く、建築彫刻の名氏である柴宮長左衛門の腕前がよくうかがえる。
諏訪大社
下諏訪教育委員会
<境内内看板写載 一部簡略化>
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