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祭神
「味耜高彦根命・日本武尊」
所在地
福島県東白川郡棚倉町八槻大宮66
由緒沿革
都々古別三社の一社で、江戸時代頃には「近津三社」(馬場都都古和氣神社・八槻都々古別神社・近津神社)と総称された“中宮”にあたる。
縁起によれば、日本武尊が八溝の「束夷」の大将を討った際、現われた守護神が鉾立山(北山本)より箭を放ち、その場所を占い箭津幾に都々古別神社を創建したとある。
祭神は馬場宮同様を祀る。農耕神としての性格が古く、のちに武神が加わったものと思われる。その年の新籾を藁苞に入れて(ツトッコという)奉納し、その折他のツトッコをいただいて帰る風習(霜月の大祭)や桝廻しの神事、あるいは御田植の神事(旧正月6日)等の存在は、農耕神の性格を物語る。
社宝には銅鉢(国重文)、木造十一面観音立像(国重美)など数多くの貴重な文化財が遺されている。
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