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祭神
「日本武尊」
所在地
茨城県ひたちなか市田彦972
由緒沿革
当神社は、国道6号線沿いにあり、那珂町方面に入ったひたちなか市消防団16分団の隣に参道はある。
元禄9年鎮守帳によると管理は無二亦寺とされており、田彦村鎮守は七面大明神社(熊野権現ヲ改ム)となっている。従って創建は熊野権現だった。
七面大明神は、日蓮宗の総本山身延山延暦寺の奥の院がある七面山の神とされているが、祭神は判らない。田彦には七面堂が残されているが、祭神の記述はない。
安政3年、当時の吉田神道の勢力拡大のせいだったのか、斉昭は七面大明神を廃し、常陸三之宮の吉田神社の分霊を奉斎して、前の熊野権現には戻らず吉田神社と改めた。
京都の吉田神社とは祭神が異なるので田彦の吉田神社はあくまで水戸の吉田神社が本源ではないかと思う。
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