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--随刊--
ぽれぽれ
第三号

マイクロカーって?
 私が初めてこの車を見たのは、環八から何本か入った脇道を練馬方面へ向かっている時でした。信号待ちで待っていると、その車は目の前の道路を横切った。「何だ、今の車!」。何台か裏にいたのでハッキリとは見えていない。「今はやりのスマートに似てるけど違うな」。とにかくすごく小さかったように見えた。その時は、そのうちまたどこかで出会えるだろうと思っていた。
 その時は結構早く来た。今度は青梅街道沿い。青梅街道を青梅方面へ向かっていた時だった。通り沿いのガソリンスタンドにメッサーシュミットに似た車が止まっていた。この車も小さかった。帰ってインターネットで調べてみると、その小さな車を作っている会社があった。その名も「ミツオカ」そして「タケオカ」。その他にも会社はあった。その会社達がずいぶん昔からその小さな車達を作り続けていたことに感激した。その小さな車達はずいぶんと時代に翻弄されてきたことを私は知っている。私はその昔この小さな車を見た時に、これからはこんな車こそ日本には必要だろうと思ったことがある。私自身、そのうちセカンドカーで1台欲しいと思っていたのだが、いつの間にか話題にも登らなくなってしまっていた。
 その次にインターネット上で見つけたホームページの中にその言葉「マイクロカー」を見つけた。
 その他にも「ミニカー」などとも呼ぶそうで、検索してみると結構な数のホームページが存在し、愛好会みたいな集まりがあることもわかった。そのうち買うこともあるだろうから、その時にはメンバーに加えてもらおうと思っている。他には「ゼロハンカー」と呼んでいるところもあり、説明によると100ccの半分だからだそうである。よくつけたものである。この「ゼロハンカー」はレースまである。
 その後に見たのは栃木県の小さな鉄工所の前であった。ここにあったのは新しいものではなく昔のままの小さな車であった。懐かしさのあまり道路沿いに車を止めしばらく見てしまった。その次に見たのは埼玉県でした。国道沿いに、それも大きな車達に囲まれながら、店先の一番前に飾ってありました。ここは「ミツオカ」のアンテナショップ。少し店員さんと話をさせてもらい。小さな車にも座らせてもらいました。
 今この小さな車「ゼロハンカー」は色々なバージョンが存在し、自分で組み立てることができるキットまで存在している。自分で組み立てられるということは、役所に登録しに行く時のメーカー登録は自分の名前ということ、つまり組み立てた本人がメーカーになれるということである。
 今現在日本には、確か12社の自動車メーカーがあったと思います。「マイクロカー」組立キットが現在、何人の方に組み立てられ、どのくらいの人が乗っているのか知りませんが、確実にこの日本で自動車メーカーが増え続けていることは確かのようです。
 私も早くメーカーになってみたい。

溺れる
 先日、長距離トラックの特集がTVで放送されていた。経済が落ち込んでいて仕事が減り、高速道路代も出ないから、一般道を飛ばして仕事をする運転手達。8時間ぐらい一度も休まずに走るなんて事は当たり前、仮眠も5分、10分とわずかしかとれない状態で走らなければならないなんていう過酷な労働をしている運転手も多くいる。

 疲れすぎて眠れない。でも、5分でもいいから眠らなきゃならないとビールと赤マムシドリンクを飲み、タバコに火を付け、人さし指と中指にはさみ、輪ゴムで縛ってハンドルに寄りかかって仮眠を取る。5分ぐらい過ぎると人さし指と中指が熱くなり飛び起きる。当然、指2本は焼けただれ、何回もやっているのか黒ずんでいる。起きた時、顔が腫れぼったいとバックミラーで自分の顔を見てみると、顔全体がむくみ、激痛で笑えないタラコ唇が見えた。という話も聞いている。

 こういった激しいストレスから酒におぼれる運転手も多い。このような状態で飲酒をするとアルコール依存症になることが多い。酒を飲んでも酔っていることを自覚できなくなるのがこの病気の始まりだという。
 そして常に飲んでいないと「気持ちの良い」状態を保てなくなる。だからまた飲み、飲み続ける。それがひどく酔った状態でも本人は全く普通と思い、トラックでもバスでも運転できると考えるのだ。深みにはまり、溺れたまま抜け出すことの出来ない、こんな飲酒運転が大きな社会問題になっている。

憧れの和菓子
 北から南まで絶品、佳品がいろいろあります。日本の伝統食品なんですから、なんて評論家のようなことは言いません。ただただ、まんじゅうが大好きなんです。何かの雑誌の切り抜きが引き出しの奥から見つかりました。これには「全国和菓子100選」とあります。どれもこれも美味しそうです。
東京では有名な「羽二重団子」だんご3兄弟ではなく4兄弟です。こんがり焼けたところにお醤油風な味の物と、つややかな黒いあんこの2本がとにかく美味しそうです。この羽二重という名前はけっこう古いんです。文政2年に王子街道沿いに「茶屋」をだしたら、このだんごが「羽二重」のようになめらかだと評判になり、屋号も「羽二重団子」に変わったと言うことです。「羽二重」というのがわからない?それはですね〜国語辞典を開きましよう!明治の文豪「森鴎外」や「夏目漱石」や「正岡子規」もご愛用だったそうです。東京都荒川区を散策してぜひ食べるぞ。

和菓子・干菓子 東京ばかりではありません。岩手県盛岡市に「ぶちょうほうまんじゅう」という物があるそうです。写真が小さくてよくわかりませんが形は「薄皮まんじゅう」に似ています。
「ひと口で食べないと、みつっこがはねるよ」とお店のおじさんが笑顔で写っています。
「みつっこ」ってなんだろう?「蜜」らしいことはわかるけど?ぜひぜひ飛んでいきたい盛岡市。その他にも「お菓子豆腐」「おちゃもち」甘辛いみたらしだんごとは違う「しゅうゆだんご」もあるそうだ。ちなみに「みちのくプロレスどら焼き」というのもあるらしい。最近何かと話題の「グレートサスケ」さんだよね。食べちゃていいんだ〜。

 新潟には「花嫁ご寮」や「養生塘」。四国香川のあの有名な「和三盆塘」でしょう。
 福岡の「鶏卵素麺」。漫才ブームで有名になった「もみじまんじゅう」。岡山の「米のなる木」とか、名前だけ聞いたら「和菓子?」といいたくなるような物もありますが、老後は全国を行脚して「和菓子」を食べまくりたいと切に願っている今日この頃です。今からそのために少し痩せておかなくては、お腹いっぱい食べらるように!!

孫から借りてる
 ゾウとネズミが一生のうちにする心臓の鼓動は15億回と同じ回数だということです。大きさは極端に違うのに鼓動の数は同じ。それは、生きている長さが違うからネズミの方がゾウより鼓動が早いということ。心臓の鼓動が早ければ早いほど、エネルギーの消費は多くなるとのことです。
 最近の社会はあまりにもスピードが速くなっている。感じなければ感じない方が長生きできそうですが、そうとばかりも言ってられない社会になってきております。

 人間はゾウよりも大量のエネルギーを使っているわりには、無駄が多いそうです。昔は人生50年といわれていました。今でも、この間戦争があったアフガニスタンでは40〜50年だそうです。しかし、日本は戦後、かなりのスピードで長生きへの道を走り続け、人生80年といわれるまでになりました。今現在の40〜50歳以上の人たちが使っているエネルギー、これから使っていくだろうと思われる30年分は孫の分だともいえるとのことです。

 昔の人は働きました。そして生きている間ずっと、先人として後輩へ全ての物事を伝え続けてきました。後輩はその礎の上に立っています。これからそういう年になっていく人はその礎の上に立ち、孫の分のエネルギーを考えながら使うようにしなければならなくなります。
 地球上の人間が100億を越えるのにあと20〜30年だそうです。今のままでは100億の壁も、もっと早いかもしれませんが・・・。地球上の人間が肉食中心から菜食中心に食事の中心を移すだけで、地球上から飢餓に苦しむ人間が少なくなると言われます。

 いつの頃だったか忘れましたが、テレビを見てましたら国ごとの平均的食事内容で全世界の人間が食事をした場合というのがありましたが、肉食中心の国の食事を全世界の人間が食べた場合は、とうの昔に全世界の人間が飢餓に苦しんでいることになるそうです。ちなみに日本の食事の場合、これ以上人間が増えなければ大丈夫といったところです。かといって、じゃあ日本は大丈夫かというと、90%以上輸入に頼っている今現在あまり意味のないことです。
 このままの状況を続けていくと、全世界の砂漠を畑にしても間に合わないとのことで、畑にするための技術促進もそうですが、そこにつぎ込まれるエネルギーも半端ではなくなります。

 食べ物だけをとってもそういった状況が現実としてあります。それだけ現在の人間社会はエネルギーの無駄を出しています。食べ物だけではなく、水や日頃何気なく使っている電気など、足りなくなるエネルギーをあげるときりがありません。
 水は海の水を真水にする技術がやっと本格的に使われ始めていますので何とかなると思いますが、それを作り出すプラントを動かしているのはやはり別のエネルギーなのです。世界的に見ても水に泣いていない国なんて日本ぐらいのものだと思いますが、それでも将来、本当に大丈夫なんでしょうか?。少なくても、水の値段はもっと高くなることは確かだと思います。

 水を作り出すエネルギーも、また作り出さなければなりません。最近、なにかと話題にのぼるソーラーエネルギー。太陽電池と呼ばれ、潜在能力はすごいものがあると思うのですが、実際に一般家庭や企業で使う全てのエネルギーをまかなうにはソーラーパネルの能力向上という技術革新とお金との折り合いがまだまだのようです。それに空はいつも晴れていてくれるわけではありません。

 次に燃料電池ですが、これも「帯に短し襷に長し」のところがあるようで、国では早く普及させたいようですが、技術者側の話では結構無理があるようです。今のところ、気温がマイナスのところでは技術によっては使えないなどがあり、冬に気温がマイナスになる地方が多い日本では大問題です。技術的にも解決しなければならない問題が多いようです。

 風力、最近ではあちらこちらで結構見られるようになってきた、大きな風車。最初は良いかも知れないと思っていましたが、あれだけの大きさの物を建てて、発電量はたいしたことないんだなと思ったことがあります。それでも数があればと思うと、狭い日本、そんなに適地があるわけもなく、一年中強い風が吹いているような所は龍飛岬ぐらいで、日本中の適地と思われる所へ全部建てても、日本中で使われている電気量の5%ぐらいだということです。それでもないよりはましだと思いますが、環境的にはどうなんだろうと思うところがあります。
 風車の近くへ行ったことがありますが、かなりすごい地鳴りのような音がします。地面を伝わってくるような感じなので、回りが騒がしいとあまり気になりませんが、静かになった夜など、気持ち悪い音が聞こえてきます。あの騒音のまま海や山の中にまで建てているわけですから、動植物に影響がないとは言えないと思います。

 水力、これは大規模なダムを必要とする場合が多く、どうしても自然を壊してしまいますし、大規模に造る割には効率はあまり良くないようです。しかし、なくなっても困る物のようで、電力事情によって急に余分に電力が必要になったときに、構造上、火力や原子力では急に全力発電は無理なようで、水力だと全力運転までの時間が5分ほどしかかからないそうです。その利点を生かして最初の立ち上がりの時や、もうちょっとすぐにほしいときに使われていることが多いようです。

 その他にもエネルギー源としては、バイオとか海洋温度差発電などと、これからと思えるエネルギー源は色々と考え出されているようですが、現在の所、これはといえるエネルギー源は今のところなく、化石燃料か核燃料に頼らざるを得ないということです。結構、技術が進んだ時代に生きていると思うんですが、それでも代替えエネルギー源を持つには時間が必要なようです。
 でも、上記で述べてきたエネルギー源を全部、個人でうまく使うと家の一軒分ぐらいのエネルギーは十分まかなえるはずです。太陽が出たときソーラー電気、風があるとき風力と使えば結構いけると思います。その中でも結構おすすめが水力。もちろん都会では無理だと思いますが、スローライフを田舎で自給自足をもっとうで実践しているならば、水車を回してソバ粉を引いたり、米を精米したりと使い回すと、家で使うエネルギーの大半をまかなうことが可能のはずです。発電ももちろん可能ですから電気製品も全て使える。一番のこれはと思えることは、水力は風力の800倍もの能力を持っているということです。四国のある村ではダムを造らずに水力発電を行っているそうです。

 これからはエネルギーは自分で手作り、衣食住、全てのエネルギーを手作りするようなスローライフな生活をしていかないといけない世の中になりつつあるようです。そうじゃないと孫の分どころか曾孫の分までエネルギーを使ってしまうことになる。インディアンの言葉に「全てのものは孫から借りている。・・」という言葉があるが、きちんとした形で返したいものです。

独りを慎む
 先日買った本の中に「独りを慎む」という項目がありました。「ローリングストーンズ」という言葉は知っていましたが、日本語にすると「転がる石はどこまでも」ということで、いったん堰を切ったら水がドッと流れ出し、一度転げ落ちたら、水は、石は、どこまでも落ちてゆくことらしいです。
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 この著者は「お行儀」のことを書いていますが、お行儀が悪くなるのは「精神の問題だと思った」そうです。確かに思い当たる事がたくさんあります。ガス台から土鍋をおろすとき両手で持ちますから、目の前のガラス戸なんて、つい足の指で開け閉めしていますよね。スーパーで買ってきてコロッケやフライをトレイ皿の上からソースをかけて食べたり、ポテトサラダも小皿に移し替えずラップを外しただけの物をテーブルに並べたりと。座る形も行儀が悪くなるそうです。立ち居振る舞いが一番目に付くことかも知れません。行儀の悪さも今風にいえば「自分の勝手でしょ!」と言い返されてしまいますが、行儀の悪さは自堕落と同じ事で、自由と自堕落は紙一重らしいです。

 私もこの「独りを慎む」という言葉、すごく良いなと思いました。


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