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--随刊--
ぽれぽれ
第四号

タダで物をもらうこと
 もちろん、少しの努力と少しのお金はかかります。(キッパリ!)
 昨今はこんな風にインターネットが行き渡っていますので、ペンだこもできずにずいぶんと楽になりました。誤字、脱字もなんのその。全部Macがやってくれますので大助かりです。そうなんです、懸賞に応募しまくっているわけなんです。たま〜に当たります。欲しい物しか応募しませんから!。
 当たったときは「テレビで見た、“なすび”さん」のように狂喜乱舞します。しっかり神頼みならぬ神お礼までしてしまいます。普段はなんもせんのにね。

[日本酒・猪口と徳利] 先日も、珍しくハガキで応募した「日本酒1本」当たりました。日本酒を飲むとものすごい頭痛になるんですが、同封されていたパンフレットに書かれていた「混ぜ物入りは人により、気分が悪くなる」とのこと。いや〜うれしかったですね。私は本物がわかる身体なんだと。そして美味しかったですよ〜。だからまた「日本酒」狙いで頑張っております。

 全国の企業様は、たぶん「薄利多売」で頑張っていらっしゃることと思いますが、そうでない小さな会社の方々もたくさん頑張っていらっしゃいます。日本はそういう小さい会社で成り立っていると「あるテレビ番組」でやっていました。私達日本に生活しているほとんどの人たちがその現実を知っているはずです。だからこそ本物を手に入れるためにも、懸賞はいい目安のような気がしているんです。勝手な理屈かな〜?

 女はみんな買い物好きという能力があるんですが、ブランドばかりに目がいくとは限らないですよ。女独特の「鼻が利く」という能力もあるように思いますから以外と本能がすごく働くときがあるんです。「思い当たる!」と感じた男性諸君、それは貴重な体験をされましたね。(笑)私も本物がわかる体質(お酒だけ?)だということがハッキリしましたので、ますます「懸賞」「モニター」に傾倒するんでしょうね。

愛読書はお持ちですか?
 女も40代になると人生こんなものかな?と思いがちのようですが、まだまだこれからですよ。40過ぎからの方が大きな花が咲くんです。
 まず、愛読書はお持ちですか?私が一番先にこれだ!と感じた本は「シンデレラコンプレックス」コレット.ダウリング作。木村治美訳。です。ちょうど30歳になるころに本屋で見つけました。「コンプレックス」と言う 言葉に惹かれて読みはじめたんですが、ボーと足下を見つめながら生きてきた私が、そうだ、こっちへ行ってみようと少し前を見始めるきっかけになりました。

 次が、「悪女について」有吉佐和子作。これは、わたしにとってもう、おとぎ話の世界ですね。[書斎・机]私が生きている回りを見回しても、こんな世界はありえませんもん。でも、憧れてしまいました。大金持ちのお嬢様の世界に。ピノキオよりも非現実的な話しで、でもありえそうな世界だしと。真似は絶対に出来ませんね。

 そしてまだ有るんですよ。最近お気に入りなんです。「夢ノートのつかいかた」中山庸子作。ロンロンママにも似ていますけど(知ってる人は知っている)でも、こういう風に毎日気を付けて過ごせば気分がいいはずと、思わせてくれます。
 落ち込みぎみな「昔」のクラスメートにも、お野菜を頂いたお礼に送ったくらいです。ときどき持ち出しては、お風呂に浸かりながら読み直したり、つまらないテレビを消して読みふけって、夕飯の支度が遅くなったりなんて、自分の時間を作るもんですよ!

 なんて勝手なことを書いていますが、なかなか理想どおりにはいかないもんです。しかし なんらかの努力はすべきですよね。夜布団に入ったとき「今日は一日気持ちよく過ごせたかな?」「ちょと失敗しちゃた!」と思い返すのは大事なことかも知れません。私は反省しなくちゃいけないことが毎日有りすぎるような気もします。う〜んこれはいかん!
でも朝起きたら「今日は何をしよう。」「何をするんだっけ?」「あっ、燃えるゴミの日だった」と、昨日ことは忘れるようにしています。「げんきんな女」こうじゃなくっちゃ今の世の中生きていけませんよね。

メモ魔
 なんやかんやとメモを書いてしまう私です。
 一日の初めには今日一日に何をやりたいかを書き出しておきます。出来る出来ないは関係なし、出来ないときは赤いバッテンを付けてしまえばいいんですから。洗濯でしょ、雑巾掛けでしょ、燃えるゴミの日、本箱の回りの埃を払っておく、電球を買ってくる、おやつは大福がいい、草取りをちょこっと、え〜とお嫁さんへの写真を送ってもらったお礼メールを出しておく、夕飯は焼き魚(冷凍庫の中にあり)、先月の集計をやる。と、こもごも気が付いた順に書き出す。自分でも好きですね〜と感心します。済みという字で○を書けるのは1〜2個ぐらいですが、それでも一日が充実していていいでしょ。それも毎日続くとちょっぴり「ダメ女」の気分になりますが、そこはそれ「今日も遠くまで走ったし〜」「ここの所仕事が立てこんだし〜」と大きな声で言って、納得させてしまいます。エヘ!
[イメージ・メモ]
 その分、土曜日で仕事がないときにも朝早く起きて、洗濯も大きなシーツやこたつカバーはもちろん、タオル、レースのカーテンまで洗います。でもお天気次第ですけど。そして少し曇っていても、ガラス戸を開けて掃除をします。お風呂の残り湯であっちこっち雑巾掛けもしちゃいます。がんばっているでしょう〜!

 そしてこの日は赤い済みという字が大きく付くわけです。うれし〜!!。そしてバッテンが付いた所はまた次の日に繰り越して書き出しておきます。2〜3日中じゃなくてもかまわないときには「今月のスケジュール」という一枚に書き出しておきます。(1)10/8十三夜・お団子(2)10/18次男の誕生日、何か贈る。(3)10/27長男も!というふうに。そして(4)換気扇の掃除(5)草取り(6)母とドライブに行けたら?なんていう風に並びます。

 予定は未定と昔から言いますよね。結果オーライだから「出来そうにないかな?今月は無理かな?と思い直してもダメなら来月へ持ち越すように忘れないように書いてしまえ」という訳です。1ヶ月分のメモ用紙は穴を開けて綴じておきます。私はバイブルサイズのシステム手帳に仕事を書き込んでいるため、同じサイズのリフィルを百円ショップで色とりどり買い込むのでそれに1日1ページづつ書きます。表裏で2日分ということです。毎回、紐に綴じていくと達成感が生まれるから不思議です。「私は出来る女」と信じたいですよ!!

長い間お疲れさまでした
 「愛知県に今から行けますか?」と仕事が入る。
大喜びでOKして、すぐ積込み場所へ向かって走り出す。5〜6分走ると電話が鳴ったので、慌ててゲームセンターの駐車場へ入り受けてみると、「連休で渋滞していそうだから、電車で届けることになったそうです。」って。
大会社は、末端の頑張っている私達をバカにしていると、憤慨しつつ、トボトボ帰る。
 そんなところへちょうど母が「病院へ薬をもらいに来たので」と顔を出したので、「どっか遊びに行こうか!」と誘い出す。「も〜仕事が来ても、無視してやる」ってな気分です。

[jobando.jpg] 魚だけ食べて生きてきたような魚大好きな母なので、どこかでお昼に美味しい魚料理でも食べようと少し遠出をすることにした。
 珍しい魚が良いなと考えて「お昼ご飯少し遅くなってもいい?」と念を押して高速道へ入る。「高速で行くの?」という母に「ウン。」とだけ言って、ドンドン走り続ける。お目当ては中郷サービスエリアの「メヒカリ定食」600円。小名浜の名産品で、新鮮なものは地元だけでしか食べられないとテレビでやっていたのを思い出したのだ。
これがまたなんと600円なのに、メヒカリが6〜7匹唐揚げされていて付け合わせにチクワの天ぷらがのせられ、山のような千切りキャベツ、すご〜い。
メヒカリのフワフワな白身の美味しいこと、骨はあるのかと思うほど頭からかぶりつける柔らかさ。こんな美味しい魚を今まで食べたことが無い。「ワカサギのような大きさなのにワカサギほどの臭いもなくて、これは本当に美味しい」と大喜びで、きれいに平らげてしまった母。満面の笑みの母を見ながら、このまま帰るのはもったいないし、せっかくここまで来たんだから、もう少し観光をすることにした。

 最近開通した「豊岡インター」まで足を伸ばしてみる。
[yonomori1.jpg]「夜ノ森駅」という珍しい名前の駅があったので観光用の看板でもないかなと廻ってみた。ところが、ここ「夜ノ森駅」そのものがツツジの名所になっていたとは驚きだった。
 入場券を140円で買い、駅のホームへ下りてみる。ホームの両側の土手に赤や白や紫のツツジの花が咲いていた。まだ3〜4分咲きだったがかなり大きな株でうまっていて、全部で六千株あるというのが咲き誇ったころに来たら圧巻だったろうと思う。これが一人の人間の故郷を思う手仕事だったという事を後から知り、感動もひとしおだった。なのになんと手入れの足りないことだろう。職員も限られていることだろうから仕方がないことだと思うが、もう少し切りそろえて、きれいに剪定したらみごとなのにと残念に思う。昭和56年に全国花いっぱい「花と緑の駅」コンクールで日本一に輝いたと、入場券と一緒に頂いた観光マップに書かれていたが「今は?」と、問いたい。
 死んだ父もツツジやサツキが大好きで、あまり広くはなかったが実家の庭に100鉢位は並べて水やりをしていた姿を、母と懐かしく思い出した。

[hayama_torii.jpg] 懐かしさをかみ締めながら「夜ノ森駅」を後にし、観光マップにも載っており、夜ノ森駅から近いこともあって「麓山神社」というところへ廻ってみた。
 参道は田んぼの真ん中で、軽トラックがいっぱい、いっぱいの道幅だ。鳥居に下がっている注連縄が車の屋根にこすりそうなところを通り抜けると「火祭り」で有名らしいあまり大きくない神社が現れた。夕方のせいかもちろん誰もいない。昭和に入って修理したらしく、まだ新しいようだった。母と二人でおさい銭を上げてお参りさせていただいた。
帰りがまた大変。「田んぼへ落ちないか?」と心配する母。名ドライバーな娘を信用してよ。(迷?)かも!。

 散歩の後はやっぱり「おやつ」ということで、さらに足を伸ばして相馬市へ向かう。道の駅「そうま」へ寄り、トイレタイム。ちょうどスタンプラリーが始まったばかりだったのでさっそく一冊100円でスタンプ帳を買い求めて、母の分と二冊にスタンプを捺して喜ぶ。海が近いせいか小魚や佃煮が色々売られていた。買い求めても家に着くころまでもたないだろうナ〜と諦める。次回はいつになるか分からないがクーラーボックス持参で来ようと思った。
さらに先に走る。
「たしかパチンコ屋の隣だったな〜」とブツブツ言いながら走る私に母が、「何が?」とけげんな顔をする。
[simiten.jpg]「あった〜。やっぱりパチンコ屋の隣だった。でもこんな電気屋無かったけどナ」と大喜びの私。ここの「凍天」は本当に美味しい。
「凍天」と書いて「しみてん」と読む。凍餅がドーナツのような衣もきせられて油であげられている。
1個120円。もちろん手作りで目の前であげている。暖かいうちにと思い、店の駐車場に車を止めたまま二人で食べはじめた。母も普段はあまり脂っこいものは食べたがらないが、この凍天は気に入ってくれたようだ。「これは珍しい。これは美味しい」と喜んでくれ、「これで夕食はいらないかも」と言っていた。

 店の駐車場で凍天を食べ終わると外は暗くなっていた。
「ちょっと遠出しすぎたかな〜」と言いながら、やっと気持ちと車を帰途に向け暗くなった国道に乗せる。
しかし、喜んでいたのもつかの間、「ア、温度計が上がった」と慌てて近くのコンビニに飛び込んだ。「オーバーヒートの時は、エンジンはすぐ切っちゃいけない」と言われたナ。と考えながら冷却水を確かめる為エンジンフードを気をつけながら静かに開け、リザーブタンクを見た。
出がけに確認したのに「全く入ってない?」。
「どこかに落とした?」なんてわけない。とにかくエンジンフードを開けたままエンジンが落ち着くのを待ってエンジンを切った。水を補給しなければ。こんな時の為に車には最低限必要なものは全て準備してある。
水を補給し、暫くエンジンを休ませ、セルを回す。がエンジンがかからない。
「え、冗談でしょ!」。今度はセルを思いっきり回す。少しづつ息を吹き返し、今度はかかった。
バッテリー新品に換えといて本当に良かった。
[soma_yuhi.jpg]
 結局、母と遠出して遊んだ「ツケ」が回ってきたわけだ。
仕方がない。「明日は土曜日だし、のんびり帰りますか」と、井戸端会議よろしく「ア〜でもない、コ〜でもない」「あのおばさんがコ〜でア〜で」と、とりとめのない会話が以外と気分を和らげてくれる。これが一人だったら「ドーン」と落ち込んでいたかもしれない。
 エンジンを休ませてもらったコンビニを後にして暫く走るとまたコンビニに寄った。一度満タンにした冷却水の再点検と、水の補充である。やはり水は減っていた。水道の水がほしいと店員のお兄さんに言ったら、カギを持ってきてくれて店の外の水道の栓を開けてくれた。足元をびしょびしょにしながら笑顔でペットボトルに水を入れてくれた高校生位のお兄さんの優しさや言葉遣いが胸に響いた。缶コーヒーだけしか買わなかったけれど、本当にありがとうでした。

 自動車整備工場へ入れたいのだが、ガソリンスタンドさえ見つからない状況では無理と断念。冷却水を補充し、エンジンを休ませながら家路を急ぐことにする。
 この辺からいわきジャンクションまでは片側1車線。後からあおられながら走るのはお断りと下の国道をコンビニ頼りに走ることにし、ちょっと広くなった路肩などでエンジンを休ませながら走った。
 いわき中央インターから高速道へと乗り、飛ばさず、ゆっくり、一定の速度で、サービスエリア、パーキングエリアで冷却水の点検をしながら走ったが、なぜか高速に乗った後は冷却水が減ることはなくなってました。
 その後も冷却水以外に特に何も変わったこともなく、何とか無事に家までたどり着くことができたのですが、しかし、次の日から愛車(相棒)が目覚めることはありませんでした。

 見た目きれいだけど型遅れの古い車で、距離も仕事柄かなりのっていて、満身創痍な身体なのによくぞ家まで二人を連れて帰ってきてくれました。
私は車には本当に助けられることが多い。過去に乗ってきた車達にもずいぶん助けられたことが思い出される。今度の相棒にも世話になったと感謝している。
本当にありがとう。長い間お疲れさまでした。

水車と線香
[水車・内部] 今年も、もうすぐお盆の季節である。線香を買ってこようと思い立った。前から一度は行ってみたいと思っていたところである。わざわざ線香を買うのに出かけるには理由がある。それは昔ながらの製法で作っている御線香が製造販売されているのである。別に今の時代けして珍しい事ではないように思うが、全てのことが機械化されて当たり前の現代において手作りの過程を見られるのはありがたい。と、もう一つ、現役の水車が稼働しているところを見られるのである。そう、私が訪ねて行った駒村清明堂は線香を原料の杉葉の調達から水車で杉粉に搗き、製品の線香にするまでの全てを百年近くも手作業でやっているところなのである。

[水車・水路] 訪ねて行って、すぐ見せていただいたのは水車である。最初に対応していただいたのは奥さんで「すぐ上にあるからどうぞ」と言って下さった。山上からの水を引き込んで水車を回し、乾燥させた杉葉を搗いていた。よく客寄せに水車を回しておいて、すぐ隣では現代の機械が置いてあったり、製造のほとんどが機械でやっていたりするものだが、ここは本当に杉葉を搗くのに他に機械は見当たらなかった。水車を回すのに使っている木製の水路に並行してもう1本コンクリート製の水路の跡があった。お聞きすると昔は水力発電所がすぐ下にあったらしく、その頃の水路がまだ少し残っているとの話だった。

[水車・羽] 明治14年、茨城県には1400ヶ所近くにものぼる水車があったらしい。筑波山周辺にも200ヶ所余り存在していたようだが、現在は数台しか存在してないようである。その一つが小幡地区、一の沢にある。大正11年から昭和15年まで加波山の東麓には水力発電所も存在していたようなので、それがここにあったものなのかもしれない。

 水車は、南北方向に連なる筑波山地の山裾に平行する形で、点々と分布したことが明治・大正期の地形図に載っている水車房という記号がある事でわかる。地表面の傾斜が急変するところ、水流の落差が得られるところに造られていたようである。

 水車を見学し、写真を何枚か撮らせてもらい、作業しているところへ戻ると、奥さんが水車の事や線香の作り方について親切に説明してくださった。説明していただきながら色違いの物や香料の違った物などいくつかの製品を見せてもらったが、その中でも一番シンプルな物を選んで購入した。線香の原料杉葉は県全土から集めてくるらしく、良い線香を作るためには50年ぐらい育った杉木を探さなくてはならないことなど、お帰りになったご主人が話して下さった。水車を回す水の汚染の問題や線香の材料の杉木の問題など、環境問題を考える中での一つのヒントにもなりそうな水車と線香を訪ねる旅となった。


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